タイムトラベルマップのプレスリリースによる効果:コラボレーション

コラボレーション
2021年6月に行いました「タイムトラベルマップ」に関するプレスリリース後、沢山の方々とお話しする機会が増えました。
リアルにお話をさせて頂いたり、オンラインでやり取りをさせて頂いたりしております。
その中から、今後に繋がる新たな動きが出てまいりました。

沼津市戸田の魅力発信へ:戸田村史

ぬまづ歴たびの地元、静岡県沼津市戸田「一般社団法人チャンクス」理事の石原 秀一さまとは facebookやリアルで交流をさせて頂いております。
今回の「タイムトラベルマップ」についてメッセージを差し上げたところ、興味を示して頂き、戸田に関する資料をお借りする事となりました。

昨日、2021年6月26日に修善寺駅西口広場いーずら市に出店(チャンクスさま屋台カー)された折に

一般社団法人チャンクス 伊豆深海屋台カー

伺ってお預かりしてきたものが「戸田村史 民俗編ー暮らしの伝承ー (455ページ)」です。

戸田村史 民俗編ー暮らしの伝承ー

「戸田村史 民俗編ー暮らしの伝承ー (455ページ)」とは?

戸田村史編さん事業
旧戸田村の歴史を記録として残し、継承するとともに、戸田地域に残る風俗や伝統文化を集大成して、地域の特色を明らかにし、後世に伝えることを目的とし、戸田村史の編さんに取り組み、通史編と民俗編を刊行しました。

『戸田村史 通史編』(3,000円)
『戸田村史 民俗編 暮らしの伝承』(残部なし)

沼津市役所 市史編さん ホームページより

既に、今回お預かりした書籍は残部のないものですので、新たに入手は出来ないもので、貴重な資料です。

これから内容を拝見していこうと思っておりますが
目次を拝見するだけでも、とってもワクワクする内容です。

戸田村史 民俗編ー暮らしの伝承ー

戸田村史:「塩焚きと塩売り」

諸職・交通の「塩焚きと塩売り」は
今の時代でも戸田塩( NPO戸田塩の会)や井田塩などにつながるであろう
ぬまづ歴たびのツアーの流れ「過去・現在、そして未来へ」のストーリー(ツアー)になり得ます。

静岡新聞SBS:戸田塩の会の紹介ページでは、戸田塩は美しい富士山を仰ぎ観る駿河湾のきれいな黒潮から生まれます。伝統製法による手作りの自然海塩です。
と紹介されています。

試しに、googleマップ上に「戸田塩」と「井田塩」の現在の関連施設をマッピングしてみたのが以下の地図です。

既に、この時点で11か所のマッピングが出来ていますので、今後本格的に調べていけば、もっと「面白いツアー」に仕上がるのでは!?と思います。

DRAFT:googleマップに戸田塩と井田塩の現在の関連施設をマッピング

最終的にぬまづ歴たびのツアーとする際には「過去・現在、そして未来へ」と、ストーリー仕立てで
かつ、昔の街並みや、俗にいう「塩街道」に関する事も網羅できるかも知れません!?

それは、いずれツアーを創った後に、ぬまづ歴たび:TABICAなどでてご案内差し上げます。

戸田村史:「蔵となまこ壁」

「蔵となまこ壁」は

生子壁/海鼠壁/なまこ壁(なまこかべ)とは、土蔵などに用いられる、日本伝統の壁塗りの様式の一つで、その壁をも指す。生子/海鼠/なまこともいう。壁面に平瓦を並べて貼り、瓦の目地(継ぎ目)に漆喰を蒲鉾形に盛り付けて塗る工法によるもので、目地の盛り上がった形がナマコ(海鼠)に似ていることからその名がある。

なまこ壁は江戸時代以降に、庶民の家の屋根葺きに瓦が利用されるようになるのと同時期に出現した。潮風や台風などの自然災害に強く、土壁や板壁よりも耐火性に優れることから全国的に普及した。

生子壁のある街並み
・静岡県下田市および賀茂郡松崎町

wikipedia なまこ壁


と歴史あるものでもあり、また伊豆半島の蔵は、おそらく伊豆石

伊豆石と石丁場跡

伊豆石の種類とその用途
伊豆半島及びその周辺では、古くから伊豆石の加工が行われており、現在、伊豆市内でも多くの石材加工所を見ることができます。石丁場跡とは、石を山などから切り出した跡のことです。伊豆は石の質が良く、石切は重要な産業の一つとなっていました。

 伊豆石は、地元では修善寺ハリストス正教会顕栄聖堂の基礎、旧天城トンネルのアーチや側壁部分、伊豆の国市(旧韮山町)にある反射炉の炉体外部で見られ、遠方では江戸城等の修築、品川御台場の建設など、大型施設の建築に利用されました。また、神社の石段や路傍の石仏・石碑、庶民の蔵や塀、家の改築といった日常生活にも必要不可欠でした。

伊豆石の歴史
 伊豆の石が使われた例として、静岡市葵区宮ヶ崎の賤機山(しずはたやま)古墳の石棺が挙げられます。この古墳は6世紀(古墳時代後半)のものと推定され、石棺は伊豆で産出された凝灰岩が使われていると言われ、その頃から伊豆では凝灰岩が切り出され、更に駿河湾を横断して、この地方まで海路や陸路などで運ばれたことになります。
 7世紀後半になると、沼津市周辺や伊豆の国市などこの地方にも仏教が伝えられ、伊豆石製の石棺の他に蔵骨器(石櫃)も見られるようになり、伊豆の国市には約1200年前の石櫃があります。これは昭和53年(1978)に北江間横穴群の大北横穴24号から発掘され、平成5年(1993)には、国の重要文化財として指定を受けており、石櫃側面には被葬者と思われる「若舎人(わかとねり)」と呼ばれる人物を示す文字が刻まれています。「舎人」とは当時の地方の有力者から選ばれ、天皇・皇太子の側近に仕えた身分で、「若舎人」は皇太子・皇子宮に仕えた身分と言われています。

一部抜粋

伊豆市役所 伊豆石と石丁場跡

こちらも、とても興味深いものです。

なお、こちらは・・・

伊豆石文化研究会とのコラボレーションも、今後進めていこうと思います。
研究会のメンバーに知人もおりますし。

失われつつある静岡の地域遺産「伊豆石」を研究し、その文化を伝えていく会です。「伊豆石文化圏」の姿に迫るため探究中です。
 

facebookページ:伊豆石文化研究会より

戸田村史:その他惹かれるもの

「潜水漁と志摩の海女」も面白いストーリー(ツアー)になりそう予感がします。

漁戸田漁協 ブログ「戸田の素潜り」には

5月15日より戸田の素潜り漁が解禁になりました。戸田では海女ではなくおじさんたちが潜ります。海男ですね。解禁の時間に出港し、ポイントに着き次第錨を打ちます。

漁戸田漁協 ブログ「戸田の素潜り」

とあります、2008-06-05と投稿は古いものですが(;^_^A

戸田村史からぬまづ歴たびのツアーへの可能性

上記に挙げたものを、「白妙の深掘り」ならぬ、浅堀りしただけでも、これだけ書くことが出来る内容です。さらに、「白妙の深掘り」をしていけば・・・

戸田村史からぬまづ歴たびのツアーへの可能性は無限大と言えるでしょう。

地元の人たちにとっての「あたりまえ」は、外のニンゲンにとっては、「あたりまえではない」「非日常」なのです。
大切な資料、戸田のために有意義に活用させて頂きます。

付け加えると
戸田は「とだ」ではなく、「へだ」」と読みます。お間違いなきように、お願いいたします。

なお、このような形での、新たな「たびの創造」にご興味のある方、会社、団体等ございましたら
お問い合わせください。
お打ち合わせの上で、形にしてまいります。

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